昔のニッキを適当に抜粋してます,おヒマならひとつ。


PCの電源を入れて,メーラーを立ち上げる。うちの回線はいまだにブロードバンド化していないので(しかもダイヤルアップ,ででで・でででででで・でで…),繋がるまでの微妙な時間(ででで…ぴーがらがらがら…)は,ついついPC前から席を外してしまう。

その間に大抵はコンロにやかんをかけ始める。お湯が沸くまでの時間で,ペーパーフィルターを折り曲げて(ただ端っこを直線に折るのではなく,底の部分にはちゃんと“マチ”を取ってあげて),電動ミルと豆を戸棚からひっぱり出してくる。ミル本体を振りながらスイッチを押しつづけると,グラニュー糖より細かめの挽き具合に。「ミルを振ることに何か意味あるの?」とよく質問されるけれど,上手く答えることはできません。挽きムラが出来ない様に,と自分では考えてるけれど,私自身がミルを振らないで豆を挽いた経験がないのでその真偽の程は知らないし,どんな本を読んでも『電動ミルで豆を挽くときはミルは必ず振りながらしましょう。振らないと挽きムラが出来て美味しい珈琲になりません!』とは書いてないから,きっと私の勝手な思い込みなんだろう。まぁ“気はココロ”みたいなもんかな?とか,それっぽい理由を適当に考えてたらお湯が沸いて。

深炒りが好きな私はちょっとぬる目のお湯で,ゆっくりゆっくりゆっくり…。豆の膨らみ方とか蒸らしの時間とか,この辺はまだまだ安定しない。でも最後の一滴までは絶対落とさないようにする(これは本で読んだから,でも理由は忘れてたり)。豆の量とドリップするお湯の量のバランスに神経を集中しているから,珈琲の香りはいつも入れ終るまで感じない。うん,できた!と宣言すると同時に自分の嗅覚が戻ってくる(これもやっぱり周囲の人達には理解できないらしい)。

残りのお湯でカップを温めて,とりあえずサーバーと一緒に机のそばの炬燵テーブルの上に置いて,一杯目。あ,メールだ…。


珈琲が好きです。勿論飲むのも好きなんですが,むしろその珈琲を入れる一連の動作・作業が大好きで。


…あぁ『茶道』だ,これ。
(H131125)

* * * * * * * * * *

部長からお誘いがあり,私は鹿島にサッカー見に行くことに。

部長というのは勿論ニックネームで,高校時代の部活(ギターマンドリン部,決してサッカー部ではない)の部長職だったことから未だにこう呼んでしまう。部活の夏合宿で朝練のときに眠っていると本気で怒り出すような,大学にストレートで進学して何を思ったのか突然『ボート部』に入り胸囲が1.5倍になって帰省し元部員を吃驚させるような,奥さんとさくらちゃんに囲まれあたたかい家庭があるにも関わらずたまに私を食事に誘ってくれるものの食後に必ずデニーズでデザートを食べたがるような,季節のフルーツパフェを頬張りながら向かいのテーブルのギャル風味の高校生達を指して「自分の娘にはあぁはなって欲しく無いな」とか,「研究者ってのはさ,もうちょっと現実を見ないとイカンよ!そう思うだろさω君も!」とかアツーく語ってしまう,でもこんなにアツいのにお酒は一滴も飲んでない(飲酒運転はイカン!)という,そんなこんなでまぁある意味では“まっとうな”人で。

先々週末くらいにメールで,

 さω殿
 12月8日(土曜日)の予定は、空いていますか?
 お暇でしたら、お出かけなどいかが?
 お返事されたし。

とのこと。前々から鹿島にいくぞ!と言ってたのでまたそれだろうな,と予想してました。正直私はサッカー観戦,というよりスポーツ観戦に興味が沸かないタイプの人間なので,あんまり気乗りはしないのだけれど。でもしばらく休日に出掛けてないし,唯一ルールのちゃんと分かる球技はサッカーだけだし,タマにはいいか新しい趣味できるかもしれないし,と快諾しました。で,次のメールでは,

 優雅にランチでもとりながら、(来週はボーナスもでるので)
 そして、夜は鹿島スタジアムに乗りこむ予定です。
 さω君に素晴らしい出会いがあるかも…
 取り急ぎ、連絡まで。詳細は、後日連絡します。

あららら出会いですかぁ?あー,うーん。

こういうことを他の人に話すと,「え,普通に楽しんでくればいいじゃないですか?」とか「ホントは嬉しいくせに!」とか言われますが,でもホントに複雑な気分です。多分部長は“本気で”私に異性を紹介するつもりで,またそれは奥さんの知り合いや友達だったりで,きっと私が最近付き合ってた人と別れたのを不憫に思ってての気遣いで,勿論好意以外の何物でも無いので嬉しくて,でも普通に楽しんで来たいのに一緒にいる,というだけで好きか嫌いかもはてさてな人に私も気を遣わなければならなくて,きっとこれから(相手が望めば)何回か同じような場を作ってくれて,いろいろな決断をすることが出てきたり云々云々。

ササキスメンバーならば,こんな状況から壮大なスペクタクルを妄想出来てしまうのだろうけれど(あ,しなくていいからね,てかするな),自動的に拡散しないつつましやかで臆病な私の想像力では,なんかなー色々メンド臭くなりそうだなーとはいえイイ出会いならいいなーでも期待するとロクなことないしなーあー,うーん…って時間が過ぎて。



当日朝になってしまいました,あらら。

ともかく学生時代のように気軽に気持ちの赴くままに人との出会いに臨めないのは,周囲のせいか,自分が悪いのか,それとも年齢のせいなのか。はてさてなんとも,ねぇ。

やまやの2本1000円ワインのコルクを空け始めて(美味しかった)紅茶に混ぜるホットミルク作るまでに(でももう眠い)考えたこと。
(H131208)

* * * * * * * * * *

あっはっはっはっははは。
「さω君はきっと何か付加価値がつかないとサッカー見にいかなそうなので,女の子も一緒だ,って嘘つきました。出会いはスタジアムで見つけるものだ!」て部長。

あっはっはっはっははは。
女の子なんか居ませんでした,男二人っきり。

あっはっはっはっははは。
いらん心配しちゃったよ,なんだよ昨日のニッキ。

あっはっはっはっははは。



さて,もう寝ます。会場すげぇ寒かったし。
あぁサッカー,鹿嶋ナントカが優勝したんだっけー?うん面白かったよー(ハナをほじりながら)。
(H131209)

* * * * * * * * * *

日曜の朝から,ドアの呼び鈴が鳴った。引っ越してからこの方,ちゃんとドアベルが鳴るのは久しぶりで。誰だろう,先輩とはファミレスで待ち合わせだしな…

お届け物に上がりました,判子頂きたいのですが。

誰かから届け物を頂く様な話は訊いてなかったので,誰だろ?と思いながら宛名を確認する。で納得する,さいとうからだ。

さいとうは人生の冬,浪人時代(やや長め)を共に過ごした,今年結婚した友人である。人生の冬とか悲しそうな表現を使ってみるけれど実際はほとんど冬のバカンス状態で,予備校サボってはゲームセンターに通って名前を残したり,自意識過剰な男子進学校のしがらみを離れてノンビリ授業の予習をしたり,同じ予備校クラスの女の子を眺めたり(でも話しかけたりはしない)。はじめて居酒屋でお酒を飲んだのも彼と一緒だった(と思う)。

月並みないい方しか出来ないけれど,あの頃は人生に対してホントに無鉄砲で,夢みたいなバカみたいなことばかりを,少し本気で,少し照れながら喋っていた。いまでも絵空事を喋ることはあるけれど,今の『こんなバカなことをいつまでも喋っていられたらいい』という,自分の行く末がある程度安定していくことに裏付けられた自嘲とか切なさとか,そんなものは浪人当時の会話にはなくて。そんな会話を共有していた,お互いが好き勝手に言い合って自分勝手な分,お互いの感情をもろに受けとめてた時期の友人が,さいとう。

紙袋を細工したおざなりな包みの中には,ニューヨークのあれのせいで新婚旅行を国内に変更して,フルムーンの方々に混じって北海道と福岡に行ったとき買ってきたお土産と短い手紙が入っていた。お土産はあいかわらず(そう,あいかわらず)センスのない置物とラベンダーウェハース。手紙には世の中の不景気加減と,こんな一言が書いてあった。


予備校を卒業して10年です,早いですね。


夜中にウェハースを食べながら,無鉄砲だった時期を振りかえったりして。ウェハースは乾きすぎていて,牛乳たっぷりの珈琲が飲みたくなった。そういえばあの頃は,珈琲もインスタントだったな。
(H131210)

* * * * * * * * * *

前の大学にいたときもそうだったけれど,論文や重要書類の提出前夜というのは,何処となくお祭りの前日のような浮き足立った雰囲気が周囲に漂っている。当事者,つまり論文書いている4年生にとっては一生に何度も無い,自分の翌年(卒業か進学か,留年)を賭けたスリルを味わうわけで,この行事を『お祭り』などと称されたらたまったものではないかもしれない。でも経験した人間にとってはもう過去の出来事,色褪せていい想い出になっているのと,その後に続くもっと過酷な現実を知っていたりもするので,若造がピーピー泣いているのも微笑ましい光景でしかなかったりする(もっとも提出前日に論文が仕上がってないことは全くもって“微笑ましくない”事態なのですが,私もそうでしたからそれはヨシとして,あはは)。

幸か不幸か私の所属する研究室は,4年生の論文に上級生が手を貸さない,という暗黙のルールがあるのと,そもそも所属学生全員が他人を頼らない,という“いっぽんどっこ”で研究を進めるスタイルを旨とする人たちが集まっているので,むしろ論文提出前日は静かだったりする。私が論文提出前夜を祝祭的に感じるのは,我が身に降りかかるかもしれないアクシデント(図表が足らない!ワードが勝手に動く?!あぁ!!)とか,手伝う側の大変さ(だから確認してたのに!もう!!ちょっと貸してみ?!)を遠巻きに見ていられるから,かもしれない。

ともかくそんな,卒論提出前夜。

『お祭り』にまつわる色々な余波がない私達は,院生控室でコンビニおでんを土鍋に移し変えストーブで煮込み直しつつ麦酒を飲む,といった,なんとも呑気な夕刻を過ごしていた。そんな中お隣りの,今まさに戦場と化している研究室の先輩院生ゴートさん(仮名,ゴトーさんではないです,念のため)がフラリとやってきた。


「いっやー,やっとひと段落ついて。」


彼の研究室は私の所属する研究室の教育方針のちょうど正反対のベクトルを持っていて,一言で言ってしまえば『一蓮托生』。後輩の面倒は先輩がみて,後輩の不手際は先輩のチェックミス,といった感じの昔ながらの研究室で,ゴートさんも当然論文提出前夜を『お祭り』の一言で済ませられない重要な部外者の一人だったりする。


「今年はあとはアカ入れた原稿を打ちこますだけだよ,よかったよかった。」
「去年よりは早かったんじゃないですか?」
「うん,去年は一番早い娘も夜の12時までかかってましたからね。」


卒論完成のメドが立ったことを我がことの様に“ホッ”としているのが分かる。こういうのは端から見ているだけでも気持ちいい感じがして。


「さて,これで今夜は安心して研究室に泊まれるな。」
「え,ほとんど完成してるのに,なんでまたゴートさんが泊まるんですか?」
「いや,メドは立ったといってもまだ完全に出来あがってないし,提出前夜の作業中に先輩がいるのって心強いじゃないですか?僕も先輩がいてくれて嬉しかったから。」





ゴートさんは普段の会話ではくだらない茶々ばっかり入れてるような人で,話しづらい事とか本音を語るときも声のトーンを全然変えないで“しれっ”と言う。その代わり大事なことを言うときは大体会話してる人の眼を見ない。その代わり近くにある静物に話し掛けるように語る。このときはおでんの入っていた土鍋に向かっていた。

ゴートさんは研究室だけでなく趣味とかものごとに対する考え方とかも(たぶん)私とは正反対の人で「ややっ,モテの人だ!」と察していたけれど,モテの原因はこの健やかな考え方とか態度のなす業なんだなー,と納得した。他人にやさしくする事をこんなに簡単に表現できること,何より単純な原理−昔されて嬉しかったことを,自分もする−でやさしさを実践してるという事実に普通に驚いて。こういうのを『ホントのやさしさ』と言うんだろうな。





きっと私はこういう人にはなれない,と思う。やっかみとかでなく。
でもこういう人はいいな,とも思う。ひっそりと,そう思う。
(H131220)

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「今年は大晦日どうするの?」
「あぁ,えーっと会うのは30日にしない?」
「別にいつだっていいけれど,どしたの今年は?」
「えーっと…あの…まぁ詳細はあとでね。じゃ明日!」

例年の予定だと,小学校から一緒の腐れ縁,もとい幼馴染みと大晦日から新年にかけては何処かに出かけていることが多かったのだが(と言っても別に年末年始にそれ程関係あるところでは無いが,例えばカラオケとか友人宅でゲームとか),今年はそれが無い,とのこと。



私の属している地元一派は小・中学校当時,他集団から一目置かれる団結力と奇抜な発想力をウリにしていたグループで,近隣の同世代達には結構有名であった。その一目置かれ具合ときたら,地区の子供会の幹部を我々のグループ全員で乗っ取るつもりで,すべての役職に自薦立候補したのに,父兄からの強い“要望”により全員不採用になる,といった逸話からも感じ取っていただきたい。

我々一派の名声は中学に行っても変化しなかった。但し注意してもらいたいのは,いわゆる『不良グループ』と表現していないところで。私の憶えてる悪行といえば,地区の“小学生向け”の花火大会で小学生のフリして手持ち花火を半分以上かっさらって,我が家の庭でごく個人的に楽しんだ“中学2年生”の夏休みのことくらいである。多分保護者の皆様は「…やれやれ。」ではなく「やれやれ(笑)」といった感じだったものと想像する。変形学生服も着ないし,煙草も誰も手を出さないばかりか嫌悪すらしてたし(理由は肺ガンになるから)。なんかみんなして品行方正でした,あはは。

当然その時期の異性の皆様は『少年のココロをもった人』なんかより『スポーツ出来るちょっとワルっぽい人』を好意の対象にするもので,彼女達の恋愛対象でないことはそのときの空気感で知覚していた(ちなみに一派全員サッカー部の補欠でした)。でも知覚(=あるのを感じること)しているだけで認識(=どんなものか分かること)していないというのは,割とやっばーいワケで,その後の人生を(ある意味)左右する大事な時期を天真爛漫に無自覚に過ごしてしまいました。

後に実証されたが,この幼少期の『ステキ』オーラは後の人生を(ある意味)味気ないものにしてしまうのです。いつの日からか『ステキ』オーラが『非モテ』という実態を持ってしまい,十代後半などは割と(ていうかかなり重篤に)華やかでない日々を我々一派は過ごしていました(私以外全員高校共学だったのに!)。それでも進学し県外に出ていくと,それなりにそれなりな人生を送っていた(らしい)が,就職のために実家に帰ってくると,その『ステキ』オーラの威光が復活し,またつつましやかな生活に戻る,という流れで一昨年末,という次第でした。

ところが,私を除く地元の一派は『何か』を認識したらしく,去年の春・夏あたりから一所懸命合コン(年末にササキスがやったアレですね)を主催しはじめ,精力的に自分達の『何か』を取り戻そうとしていたのです(私も前に帰省したとき参加しましたが,かなーり面白かったです合コンそのもの以外が)。

で,蒔いてた種が秋に実を結んだそうで。




ひとしきり友人宅でプレステ2を堪能して(目回っちゃったよガンダムのゲーム!),近所の中華料理屋で晩ご飯を食べつつ,明らかに不自然なタイミングで,「実はホラ,この間の合コンで一緒だった人とね…」というハナシを実に恥かしそうに告白する友人と,結局付き合った彼女っていうのが同じ事務所の娘という事実(要は合コン関係なく社内恋愛)に,ふつうに微笑ましくなってしまい。


「あぁそうなんだー,どうりで大晦日のハナシが出なかったワケだー!へぇーあの隣りに座ってた娘でしょ?」


と,お誘いの電話の時からアヤシイと思っていたことを微塵も感じさせない能天気な対応をしてみたりして。帰りの車内でニヤニヤしちゃった年末のハナシ。
(H131230)

* * * * * * * * * *

明け方まで文献検索とかコピーとか(休憩時間のネットの方が長かったりするけれど)続けたせいで,結局徹夜のまま昼過ぎの高速バスに乗る羽目になった。帰省前に学校でやり残したことを片付けるのに時間がかかってしまうのはまぁ予定の範囲内だったけれど,でもやっぱり来年からは予定より少し早めにノルマをこなした方がいいかな。一年の締めくくりの反省をしつつ,バス停までの東大通りは(パソコン壊れませんように,と祈りながら)自転車で全力疾走。

実家へのお土産には,友人夫妻への日本酒と,マンガで見たことのあるハートのラベル(エチケット?)の赤ワイン。バス停前の輸入業者のやってる酒屋さんで,普段絶対自分では飲まない値段のワインを,ちょっと胸を張って買ってみる。でもよくよく考えてみると飲み物とはいえたかだか7,000円前後の品物。買うのにまだキアイがいる,というのも我ながら可愛かったりして。はじめてのおつかい,みたいな。

さすがに眠かったのか,バスに乗ってからの記憶はぷっつりと途切れて,気づいたらいつもの上野駅前だった。思ってたより高速道路が混んでいなかったみたいで,ちょっと買い物しても今夜の予定には間に合いそうだったけれど,ともかく駅に急ぐ。

上手いこと快速電車がホームに入ったところで,始発から座ることが出来た。やれやれやれやれ…とここでまた記憶がぷっつり途切れてしまい,もう実家のある県内の駅名がちらほら。それ程混んでた訳ではないけれど,帰省客という出で立ちの人をちらほら見かける。向かいの女子大生風は何だかすごく不機嫌そうな顔をして私の足元のバックを睨んでいた。きっと生理痛か何かだろう,と勝手に解釈して気にしない,と。本庄を過ぎた後の鉄橋を超えるともうすぐ終点に着くなー,と窓ガラスに寄りかかりながら考える。

東京に住んでいたときは,電車で帰るときに見えるこの橋からの風景なんか何とも思わなかったのに(何処の地方でも一本くらいありそうな大きな川の中流域,ただの河川敷のグランド,川に沿って走るまっすぐな道),今年は何だか違う感じがして。そう,ウキウキしているんだ。気にする事(受験・論文・仕事などなど)が何もなくて,純粋に実家でノンビリするために帰れるのは数年ぶりだったんだ。帰省して遊んで帰ることになんの罪悪感もないのなんて,ホントに久しぶりなんだ。



山間の空の高いところに,雪の降る地方独特の灰色のどんよりした雲が浮かんでいる。こんなとりとめのない風景に,“実家に帰ってきた感”を垣間見る日が来るなんて,高校のときには想像すら出来なかっただろうな。
(H131228)

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今日はなんにもないから。


少しずつ生活リズムが普通になってきて,午前中に目が覚めてしまった。そしてそれは私には馴染まないリズムになろうとしていて。裏打ちの好きな私は,無邪気で元気な8ビートが苦手だったりもする。目が痛くなるような午前中の光線に照らされると,いつもなんだか申し訳ない気分になってくる。

昨日夜中に作った煮物は,見事ににこごりに変化している。ラードの浮かんでいる鍋を見つめていると,スキーに行きたくなってくる。朝ご飯に煮卵をひとつ。

ベランダから近所を眺めると,みんな布団を干したり洗濯物を乾かしてたり。洗濯籠を眺めると,自分の下着も随分溜まってる。冬の二層式の洗濯機はこんな日に侘しくなる,けど水をじゃばじゃば。ついでにシャワー浴びてじゃばじゃば。ついでに食器洗い。



部屋がさっぱりすると珈琲が欲しくなる。ここの珈琲飲み出すと,他の市販の豆が使えなくなるよねーという友人の彼女(というより奥さん)の言葉を思い出しながら,スタバの珈琲豆を学校のより濃い目に淹れてメールのチェック。

13時から15時までのFM東京のプログラムは,いつも音楽をやりたくさせてくれる。ホームレコーディングいいなぁ,とか思いつつチョコと珈琲がすすむ。同時にメールの返信。最近携帯電話を“初めて”購入したので,まだ直接連絡してない人たちにメール。遠くに住んでる人たちばかりだから,私からかけないと電話も来ないだろうな,とゆっくりしているともう17時過ぎ。

昨日メンバから留守電に連絡入っていたので電話。銀行のキャッシュディスペンサーが全面的に使えなくなってて,お金が200円くらいしか無い!というヘルプ電話を放置していたのだが(そんな理由で東京まで助けに行けません),結局地元の後輩のお年玉を貸してもらった,とのこと。そのあとニッキ談義,身内にバレちゃったことを白状しつつ(しかもメンバーの身内!),今年のテーマを決めないと!という結論で電話を切る。

この時点で1日何処にも出かけてないことに気づく。で,外出。本屋で立ち読みをしてCDショップでビデオクリップを鑑賞。宇多田ヒカルの映像はお金かかってそうだなーアレンジも結構凝ってるなー,とカウンターを人差し指で叩きながら一人で楽しむ。新しいCD買おうかな,と思ったけれど特に気になる新譜無いので中古ショップへ。さいとう君の車中で聴いた槙原敬之のカバーアルバムを買って帰宅(ササキスメンバーのニッキのとおり『中古』は苦手ですが,CDは全然関係ないのです)。

この時点で今日1日煮卵と珈琲しか口にしてないことに気づく。で,夕食。カレーピラフとカップスープをちゃちゃと作って,CDかけてPC立ち上げながら食べ終わる。


しばらくニッキをかいてないので,何か書こうかなーと思って1週間を振り返る。ちょっと嬉しいことひとつ,すごく悲しいことひとつづつ。ま,ぷらまいゼロかな?と思いつつ,文章にならなそう(してもつまらなそう)なので今日1日をクロニクルに記述。



今日はなんにもないけれど,
でも悪くない1日。
(H140113)

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多くの人が,他人の話をちゃんと聞いてないな,ということ。


こんな事を感じたのは,別に私の話を聞いてくれる人がいないから,という訳ではなくて。勿論「あぁこの人あんまり私の話に興味持ってないな。」と思うことはあるけれど,それは別に相手の問題というより,私の話が面白くないからかもしれない。もしかしたら私の話を聞かないという行為で,「あなた個人に興味も関心もない」ということを間接的に伝えようとしている可能性だってある。うん,確実にあると思う。



それとは別に。

お互いを少しでも理解しよう,誠意をもって付き合いましょう,と考えているときでさえ,相手の話をちゃんと把握していないことが多い,ということ。簡単に,相手が伝えたかったことを決めてしまう,ということ。

相手の話に耳を澄ます,というのは話の内容を正確に把握することではない,と思う。なに気ない会話の中には(むしろそんな会話の中にこそ)声にした情報なんかより,もっと伝えたい色々がある,と考える(だからメールとかの文字情報の交換には極力会話のルールは適用しない様にしてる)。そして声にならない,でも伝えたい色々はいつだって小さな気持ちの引っ掛り−上手く表現できない−なので,すぐに決めつけたりしない。伝えたい色々に対する疑問と保留,というのが私の会話をする上でのルール(と,書きながら納得する,うん)。


そして,相手の話なんかより自分の伝えようとすることにばかり注意が向いて,伝えたいことが相手に正確に伝わったかに対しては敏感,ということ。

自己顕示欲,と一言で済ますことも出来るけれど,そうじゃない,と思う。人間の本質的な欲求というより,人間関係にある力動だと思う(WEBにばら撒く自意識とかとは全然違うもの,と思ったほうがいい)。だからこそ,誰かと向き合うときに生まれてしまう現象だからこそ,ちゃんと自分で制御したい。そう思う。





こんな事をわざわざニッキに書き残しているのは,いつか私も他人の話を聞かない人になってしまうか分からないからで。覆車の戒め。



土曜日の昼間に何かしながら考えることは,こんな『ルールづくり』が多くなってきたなー,といま入れ終わった珈琲とコンビニで買ってきたローズネットクッキー(ヤマザキのやつ,美味しぃ。)を齧りながら思いつつ。





(今日のは自分に向けてのメモみたいなものです。別に公開するにあたっての意図(誰かに伝えたい!とか)は全然ないのだけれど,一番最初の目標通りに“感じたこと・考えたこと”をそのまま文章化してみました。公開しとくと文字通り“戒め”になりそだし,と。)
(H140125)

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