大好きな裏打ちのリズム,少しだけもたるギターのストローク



“ライブで音楽を聴ける”というのは,人生における至福のときのひとつだと思う。外出する娯楽に対して余りお金をかけられない性格の私にとって,唯一金額関係なしに大枚をはたけるアミューズメント。

で,少なからず―といっても興味のない人と比べれば,という程度だけれど―ライブに行くようになって,ライブの良し悪しの主観的評価軸が確立してきた。会場の規模によって3種類くらいにタイプ分けして,その中で合格・不合格をつけるという,音響の質とか演奏楽曲の編成とか,多分口に出すとすごくスノッブな響きのあることが出来るようになってきた。勿論客観性なんてものはぜぇんぜんないから威張れたものではないけれど(てか創作物評価に絶対的な客観性なんてあるのかね?),そういうことが出来るくらいの経験が積めたんだなぁ,という自負だけでちょっと嬉しかったりする。



そんな些細な評価とは関係なく想い出深いライブがひとつだけある。ある年のクリスマスイブに,当時つきあってた人と一緒に出かけたライブの中の一曲を聞いたときの感じが,今でも忘れられない。

ピアニストの人がいろんなボーカリストやギタリストと一緒にセッションをするという形式のライブで,私はそのピアニストと男性ボーカルの一人が好きなこと,会場が中野サンプラザだったこともあって(理由:山下達郎さんが好んで使う箱なので,音響的にはきっと最高なはず!だから)期待が必要以上に大きくなっていた。

そして当日,いろんな有名人が歌ったり演奏したりのあとに,一人の女性ボーカルが登場して何曲か唄った最後の曲。サビに入ったときの伸びやかな高音を聴いて「わ,わ,すごいすごいすごい…」と圧倒された,とそれだけなら別に大したことではなかったのだけれど,その後に後頭部がズキズキする感じと鳥肌,あまつさえ涙まで流して“いた”のである。

思い入れのあるミュージシャンの曲や,何かの体験と共にあるタイプの曲,とかではなく私が全然知らない曲で,しかも自分の感覚器がどうなっているのかも分からないくらい音楽に“やられた”というのは,このときだけだった。年末で論文を一所懸命書いててあんまり寝てなかった時期というのを差し引いても,こういう体験をまた出来るのかなぁと思う。



こんな感覚を味わいながらひっそりと息を引き取れる,というタイプの安楽死がもしあるとすれば,今すぐにでも味わってみたい,と思うくらいの圧倒的な。





こういう大袈裟でなく“奇跡的な体験”が出来る可能性があるから,私はせっせとライブに出かけちゃうのだと思う。と一昨日ガッコを完全にサボってライブに出かけた自分を正当化してみたり。旅行に出かけるよりは,やっぱりライブだなぁ,うん。

ここまで書いて「じゃぁその感動した女性ボーカルと曲名は何なんだよ!」という意見がありそうですが,きっとCDで聴いても感動は伝わらないし,勿論自分で聴いたらそのときの記憶の貴重さが半減することうけあいなので書きませぇん。ともかくそれくらい凄かった,ということです。だから誰かに「ライブに行こう?」と声をかけられたら,食わず嫌いをしないで行ってくれるといいなぁ,というのが今日の主張でした,合掌。





追記:ちなみに私は,旅行にお金を出すくらいなら同じ額で文庫本でも買って家の中でゴロゴロしていたい,というくらいの旅行苦手っ子だったりもします。旅行好きの人とおつきあいすると,これが原因で別れられたりする可能性があるくらい。